夜七時、母が家に帰って来る。 「……こんな時間まで仕事？」 「あぁそうじゃよ」 「人雇ったのに？役に立ってないんじゃないの」 「バカ言うんじゃねぇ」 　母の声に怒気がこもる。 ...

家の中に入り自分の部屋へと向かう。 　３年振りの部屋は綺麗に片付けられ几帳面に整理されている。 「はは、母さんらしい」 　荷物を置き、小学校入学の時に買ってもらった机の椅子に座りく...

新幹線じゃなくケチって高速バスで帰郷したため、尻と背中が亀裂が入ったように痛い。 　駅からまたバスに乗り、実家の近くのバス停で降りる、ここから徒歩で３０分……。 「はぁ……東京と比べたら...

新緑の季節。 　山も農園も植物の命が煌めき、鮮やかに世界を彩る。 　春の風が寿子さんの麦わら帽子を揺らす。 　帽子の位置を整えてから手を作業に戻す。 　気温が温かくなりもう暑いくらいだ。...

「ぎょーさん食べんさい」 　就業一周年パーティーをささやかながら開いてくれた。 　普段の食事に色を付けた程度だけど嬉しかった。 　二人で鍋をつつきながら、いつも通りの会話をする。 ...

４月、就業して１年が経った、一年前の引きこもり生活からは考えられない自分がいる。 　体力がつき、体は細いままだけど筋肉がついてきた。 　気力が体の芯に存在している……いじめにあう前の体だ。 ...

昼食をとるため社長宅に入り茶の間でこたつに足を潜らせる。 　社長は祖母の部屋に様子を見にいく。 　すぐにドタドタドタと廊下の板を足で叩く音と衝撃が家を揺らす。 　慌てた様子で寿子さんが茶の...

冬真っ只中、寒空の下、積雪の上、寿子社長がリンゴの樹の剪定を始める。 　脚立に登り白い息を吐きながら真剣な眼差しで木の枝を切り整えていく。 　これは熟練の職人技らしく感覚を掴むまで相当の時間...

冬に入ると地獄の収穫期が終わり、仕事がひと段落付く。 　農園ではなく社長の棲家の隣にある納屋を改築した作業場での仕事になる。 　作業場にはケースと農機具、そしてリンゴを詰めた段ボール箱が山積...

１１月に入り本格的な収穫の時期に入る。 　リンゴが綺麗に赤い実をつけ農園を鮮やかに彩っていく。 「和夫君の毎日の仕事の結果じゃ」 　寿子社長が並びの良い白い歯を光らせてガハハと豪快...

もう秋になる。 　農園の隣の山はちらほらと葉が色を変え始めているがリンゴの葉は緑のままだ。 　俺みたいな物臭がもうすぐ就労半年になる。 　これもすべて寿子社長のおかげだと思う。 　今...

昼食は農園に隣接する、野口家で寿子さんが賄いを作ってくれる。 　健康のバランスをよく考えられた日本食が巨木を輪切りにしたテーブルに並べられていく。 「ばっちゃんにご飯食べさせてくるから、...

野口寿子（のぐちひさこ）さん、こないだ４２歳なったばかりらしい……。　 　二十歳を超えても就労経験が無く焦りを憶えたオレは、就職支援センターに登録し、その紹介で働き始めたりんご農園の経営者...

春から始めたこの仕事、もうすぐ３か月になる。 　もうすぐ夏が来る。 　人気のない街外れの農園で、雇用主の女性と従業員の俺がリンゴの木々を見上げながら仕事に従事している。 　俺は陽の...

野口寿子（のぐちひさこ）、４３歳になったばかり、職業りんご農家。 　うちの母さんは外仕事の割りに肌は白く紫外線による染みもない。 　化粧っ気もなく健康的な素肌を晒している。 　濃い茶色...

野口寿子、中学の時オレを虐めていた春彦の母親。 オレはいじめが原因で不登校になり１０年間引きこもりになった。 就職支援センターの紹介で働き始めた農園の経営者がいじめの主犯の母親だった。 シャキッ...